150年以上前から続く酒蔵の内情と、現在の様子

昔ながらの酒蔵

日本全国に小さな酒蔵が1300軒以上

2025年2月現在、日本には1,100軒を超える酒蔵があります。そのうち資本金3億円以上で従業員300人以上の企業はたった6社のみ。ほとんどが小さな会社です。そして多くの酒蔵が、創業から100年を超える、とても長い歴史を持ちます。創業家の長男が代々会社を継承してきたケースが多く、現在でもそのスタイルは変わりません。父が社長、母が経理、息子が専務、その嫁が常務…というような形を採っている酒蔵も多いです。

酒蔵の人たちの呼び名

昔ながらの日本酒製法

日本酒をつくる組織(会社経営の場合も個人経営の場合もある)のことを「酒蔵」といい、オーナーを「蔵元」と呼びます。オーナーから一任される形で、独立して製造部門が存在します。日本酒づくりはチームでおこないます。リーダーとなる製造責任者のことを「杜氏」と呼びます。その部下にあたる製造者たちのことを総称して「蔵人」といいます。杜氏は、蔵元の意向を汲みながら年間の製造計画を立てたり、必要となる米の数量を計算したり、製造管理をおこなうだけでなく、蔵人たちの統率をとる絶対的な存在です。 

江戸時代(1600〜1868年)~近代の酒蔵のスタイル

酒米用の山田錦の田んぼ
酒米用の山田錦の田んぼ

杜氏や蔵人らは、春夏は農家や漁師をしている人がほとんど。冬場に雪が降るなどして働けない期間(だいたい11月~3月頃まで)の出稼ぎ労働として酒蔵が用意した住居に共同で住み、働くことがほとんどでした。そこで風紀を保つため、女性禁制になりました。杜氏が地元地域で声を掛け、酒蔵の規模(製造量)に合わせ必要な蔵人を連れてグループを作り、全員が妻子と離れて、みんなで遠く離れた酒蔵に働きに出向くシステムでした。彼らは祖父、父、子…と代々杜氏や、代々蔵人、という家系も多くありました。

昔の日本酒づくりの桶(「丹波杜氏酒造記念館」展示室)
昔の日本酒づくりの桶(「丹波杜氏酒造記念館」展示室)

酒蔵の経営は、杜氏が指揮してつくる日本酒の良し悪しに大きく左右されるため、蔵元の年間の収入を超える多額の半年分の報酬を渡して、腕利きの杜氏を呼び寄せることもありました。明確な契約書は交わさないため、お互いに来年の保障はありません。実力主義社会で、信頼とコミュニケーションをもとに約束を交わしていました。そのため杜氏側も技術力を上げるため、杜氏組合に所属して、組合内で技術力を高めるため勉強会や情報交換がおこなわれていました。技術は公に開示されず、杜氏がたやすく人に伝えず、秘密にしていました。しかし高齢や健康問題を理由に杜氏が突然辞めなければならなくなるリスクもあるため、杜氏の下には「頭(かしら)」と呼ばれるNO.2が、技術を見て覚えていました。

昔の日本酒づくりの道具(「丹波杜氏酒造記念館」展示室)
昔の日本酒づくりの道具(「丹波杜氏酒造記念館」展示室)

 冬期間毎日寝食をともにしていたので、お互いの人柄がよくわかります。高い醸造技術を持ち、チームみんなの力を発揮できる杜氏は、人格的にも優れていることが多く、厳しいけれど尊敬され、「いつか彼のようになりたい」と蔵人から憧れられていました。酒造りは暑い環境が大敵のため、寒い時間帯におこなうのが良いとされています。そのため、早朝から作業をスタートします。朝早い酒蔵は、2時や3時など日の出前から夕方4時ころまでの就労(かつては夜11時から仕事スタートという酒蔵も!)。一晩中、数時間おきにしなければならない作業もあるため、交代制で仮眠を取りながら、作業にあたりました。 

現代の酒蔵のスタイル

現代の日本酒製法

農家や漁師に専業する人が減った現代は、杜氏組合に所属する人たちが高齢化しています。また近年では、長時間労働は良くないとされており、酒蔵もそれは同様です。そのため経営と製造の両方を蔵元が担う「蔵元杜氏(くらもととうじ)」が増えました。蔵人も、正社員として年間を通じて酒蔵で働くのが一般的になってきました。彼らは酒蔵以外の一般的な会社同様、近隣にある自宅から毎日通います。

 

「辛い仕事」というイメージのままでは、若い人たちを新規雇用することが困難になります。だから夜中の仕事をなくすため、人間の代わりに麹づくりの仕事をしてくれる機械(自動製麹機)が研究され、発達しました。今では手作業と同様か、それ以上の品質の物が作れる、という実績から、多くの酒蔵が導入しています(それぞれの酒蔵の考え方による)。そのため朝8時から夕方5時までで仕事が終わる、という酒蔵も増えています。もちろん江戸時代から続くスタイルを続けている酒蔵は、今も多く存在します。

まとめ

日本酒づくりに使う水
日本酒づくりに使う水

現在では酒造業界外の会社や人が、廃業を検討している酒蔵を買収して、酒造をスタートするケースも増えています。異業種の文化が持ち込まれ、酒造りのシーンも変化してきている途中です。150年以上伝統を大切にして、変化がなかった酒造業界ですが、「発酵学」によって微生物のメカニズムが解明されてきたことや機械の進歩によって、今変わろうとしています。


この記事を書いてくれた日本酒人

関 友美さん

日本の文化や伝統を世界に伝えるライター。日本酒や和食、伝統文化をテーマにした執筆を得意とし、その文章は多くの読者に日本の魅力を伝えています。資格を活かし、日本酒や発酵食品に関する深い知識を持つ関さんは、その専門性を活かして様々なプロジェクトにも携わっています。審査員としての経験から、日本酒の品質や特徴を深く理解し、その魅力を的確に伝える力にも定評のある日本酒界屈指のライターさんです!

【保有資格】

・唎酒師、日本酒品質鑑定士(SSI認定)
・発酵食品ソムリエ
・シードルマスター(シードルマスター協会認定)
【審査員実績】
・MONACO SAKE AWARD 2024
・全国燗酒コンテスト 2024